払猿: 今の神渡さんのように「裁量過程統制型」の審査基準を用いることも可能ですね。
で、結局、「裁量過程統制型」の審査基準を用いた場合、本件はどうなるのでしょうか?
流相: A市が正式採用の判断に当たって、BがY採掘事業に関して公の場で反対意見を表明したことがある、という事実を正式採用拒否の理由としたことは「他事考慮」というわけですから、その事実は考慮せずに正式採用の許否を決すべきことになるはずです。
払猿: 具体的な結論はどうなりますか?
流相: Bの勤務実績は正式採用された
Dらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであった
流相:のですから、もし、A市が他事考慮(BがY採掘事業に関して公の場で反対意見を表明したことがある、という事実を正式採用拒否の際に考慮したこと)をしなかったのであれば、結論は変わったはずです。
ですから、A市の裁量判断の過程に違法性があるということになると思います。
神渡: 凄い!
よくわかった気がします。
阪奈: この「裁量過程統制型」の審査基準は、要するに、裁量過程における審査密度を高めるための手法ということね。
この手法を採用した裁判例は日光太郎杉事件における東京高等裁判所で、その判示は次のようになっているわね。
裁量権行使の方法について、「本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮されるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、こられのことにより同控訴人〔被告行政庁〕のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となる」(塩野宏「行政法Ⅰ 行政法総論 [第五版](有斐閣、2009年)135頁)
流相: この審査方法は、判断過程を統制する方法だから判断手続きを統制するという”手続的コントロール”のことをいうという理解で良いのかな?
阪奈: そこは微妙なんだけど、塩野先生は次のようにおっしゃっているわね。
これは、純粋の手続的コントロールが手続きのあり方自体を問題としている(たとえば、他事考慮をしたと疑われないようにすること)のに対し、ここでは、行政庁の判断した材料およびその判断の仕方、まさに他事考慮をしたかどうかを問題としているので、極めて実体判断に近いものがある。(塩野宏「行政法Ⅰ 行政法総論 [第五版](有斐閣、2009年)135頁)
流相: ややこしい…
阪奈: 要するに、判断材料を行政庁が自由に選択することを制限するという審査方法と考えて良いと思うわよ。
行政裁量で問題となるのは、
(1)判断材料の選択
(2)選択した判断材料の価値の軽重
阪奈:なのだけれど、この東京高裁の裁判例は、(1)判断材料の選択についての行政庁の裁量を制限して裁判所による審査密度を向上させようと意図したものといえるわね。
流相: なるほどぉ。
しかし、これって行政法の判例だから憲法の答案で書くべきではないんじゃない?
どこに憲法論があるのかよくわからないし…
阪奈: え?
立派に憲法論があったじゃない!!
そうじゃなきゃ今までの議論は何だったのよ?ということになるんですけど?
---次回へ続く---