流相: 「給付保持力」を考えるうえで一番重要なのは…
何だろう?
神渡: たしか、「給付保持力」というのは、
「債権者が債務者からの給付を保持することのできる権能」(潮見佳男『プラクティス民法 債権総論[第3版](信山社、2007年)3頁)
でした。
とすると、債権者が債務者から何を受け取ることができたのかが重要になりそうです。
初戸: そうです!
債権者が債務者から何を受け取ることができたのか?
これは、どういう風に決まりますか?
阪奈: 何を受け取るか、は契約内容ですから、契約当事者の合意によって決まります。
初戸: はい、そうです。
「給付保持力」を問題とする「権利利益説」では、契約当事者の合意内容が最重要となるのです。
そうすると、「特定物ドグマ」についてはどうなりますか?
神渡: 当事者の合意として瑕疵のない物を、債務者が債権者に引き渡すと合意した以上、債務者はその合意した内容に合致する物を債権者に引き渡す義務を負う、ということになりそうです。
初戸: そういう合意があったということに今はしておきましょう。
先ほど引用した内田先生の教科書からの事例で再度説明してみてください。
どういう例でしたか?
流相: えっと…
”中古自動車の売買契約で、売買契約の目的物であるその自動車にブレーキの不具合があった”という例でした。
初戸: その例では、債権者(甲)と債務者(乙)の合意内容は何でしょうか?ここでは自動車の引き渡し債務について検討していますから、債権者とは買主を指し、債務者は売主を指します。
流相: 売主乙は買主甲に中古自動車を引渡し、買主甲は売主乙に代金を支払う、という内容です。
初戸: もちろんそうです。
問題は、乙は甲にどういった自動車を引き渡す必要があるのか?ということです。
「権利意思説」からは、“その中古自動車”であればブレーキに故障があっても、“ブレーキの故障したその中古自動車”を乙は甲に引き渡せば自動車引渡債務の履行は完了することになっていましたね。
流相: はい。
初戸: では、「権利利益説」、つまり「合意内容」に重きを置くと甲乙間の合意内容はどうなるでしょうか?
流相: 先ほど、神渡さんが言っていたように、
「当事者の合意として瑕疵のない物を、債務者が債権者に引き渡すと合意した」事になるのだと思います。
初戸: 問題は何故そう合意したと言えるのか?なのです。
流相: え?
初戸: 内田先生の教科書で挙げられていた事例でもう一つピカソの絵の売買の例がありましたね。
その絵に隠れたキズがあった場合、売主の履行義務はどうなるでしょう?
流相: さすがにそれはそのキズのある絵を買主に引き渡せば売主の引き渡し義務は消滅するはずです。
本物のピカソの絵はこの世に1点しか存在しないわけですから。
初戸: そうですね。
流相君の言う通りです。
では、瑕疵のない中古自動車を引き渡さない限り売主の履行義務が存続する中古自動車売買とその絵さえ渡せば売主の履行義務が消滅するピカソの絵売買とをどう区別するのでしょうか?
神渡: 当事者がどういう合意を形成したのか?合意の具体的な内容の問題になりそうです。
初戸: そうなります。
阪奈: そこは、合意形成前の当事者の動機が重要になりそうです。
何故、そういう契約をしようと思ったのか?
初戸: 良いですね!
民法では、「契約目的」と言います。
当事者は何らかの目的を達成するために契約等を利用するわけですから、契約目的に従って当事者の合意内容も解釈していくべきだ、ということになるはずです。
流相: あ~!なるほどぉ。
たしかにそうですね。
中古自動車売買の例では、買主は動いて止まる車が欲しいわけで、ブレーキが壊れていて止まれない車はいらないわけです。
ちゃんと動いてブレーキの利く車が欲しいという買主の意図を売主も知っているわけなので、この例の契約目的は、ちゃんと動いてブレーキの利く自動車の売買、ということで合意内容が形成されているはずです。
これに対して、ピカソの絵売買の場合、その絵の本物はこの世に1つしかないことは明らかですから、当事者としてはその絵に隠れた瑕疵があろうとも、その絵自体を売買するという意図・目的を有したうえで合意を形成しているはずです。
神渡: とすると、ブレーキが故障した自動車を売主が買主に引き渡しても、買主は意図した給付を保持することができていないことになります。
売主の履行義務は消滅していないことになる…。
ピカソの絵売買の場合は、その絵の引き渡しにより買主は意図した給付を保持することができていることになりますから、売主の履行義務は消滅する。
初戸: そういうことになりますね。
ここは債権法の中でも重要な部分です。潮見先生はこうおっしゃっています。
「債権法の発展、とりわけ積極的債権侵害論の展開は、主たる給付義務にとどまらず、その背後にある契約目的ないし債権目的の達成に必要な措置をも債務者に課する方向で、規範群を拡張していった。」(潮見佳男『プラクティス民法 債権総論[第3版](信山社、2007年)13頁)
要するに、契約目的に照らして、契約規範を構築していこう、というのが民法学の一つの大きな流れになっているのです。
流相: なるほどです。
言われてみればそうですね。
---次回へ続く---