玄人: 「相互利用補充関係説」は複数人で1つの実行行為をしたかどうかを問うわけだが、どうしてだろうか?
ヒントは「正犯」の定義にある。
「正犯」とは?
神渡: 「正犯」とは、実行行為を行う者です。
玄人: そう。
流相: それは僕も分かります。
でも、「共同正犯」は、共犯に分類されると思いますから、「正犯」の定義が何故ヒントになるのでしょう?
阪奈: あっ!
共同正犯を
「正犯」に引きつけるのか?
「共犯」に引きつけるのか?
阪奈:の問題ですね?
玄人: そういうこと!
「共同正犯」を「正犯」と位置づける理解と「共犯」と位置づける理解とで「共同正犯」の考え方は大きく変わってくるんだ。
神渡: もし、「共同正犯」を「正犯」に引きつけて考えると、「正犯」が”実行行為者”であることから、「共同正犯」も複数人が1つの実行行為をしたかどうかに焦点が当てられるということですね。
玄人: そうなるね。
神渡: ですが、「共同正犯」に関与する複数人の行為を個別に見ますと各人は”実行行為”を行ってはいないわけですよね?
玄人: そうだな。
神渡: それでも何故、それら複数人の行為に「全部責任」が科されるのでしょうか?
阪奈: そこを説明するのが、「相互利用補充関係」ということだと思うわよ。
流相: つまり?
阪奈: つまり、
各人の行為を個別に見ると、たしかに”実行行為”を行っていない。
たとえば、
XとYがAから金品を強奪しようと話し合い、XがAに暴行を加え、それによって反抗を抑圧されたAからYが財布を奪った場合(分担型共同正犯)(松原芳博『刑法総論』(日本評論社、2013年)348頁)
阪奈:を考えてみましょう。
この場合、XとYの行為を個別に見るなら、
Xは暴行罪、Yは窃盗罪になる(松原芳博・前掲書348頁)
阪奈:はずよね。
神渡: そうね。
流相: そうだね。
阪奈: だけど、「相互利用補充関係」がXとY間にあればXもYも強盗罪の罪責を負うことになるわね(共同正犯)。
流相: それは僕にも分かる。
問題は、何故「相互利用補充関係」があると「共同正犯」と扱われるのか?ということなんだよ。
阪奈: それは、「相互利用補充関係」というのが、複数人の行為を1つの実行行為に結合するための要件だからなんだと思うわ。
松原先生だってその基本書の中でこう書かれている。
通説のいう(相互)利用補充関係とは、この結合機能を基礎づける事情とみることができる。(松原・前掲書350頁)
阪奈:とされているの。
流相: あぁ~~!
神渡: なるほど!
つまり、XとY各人の行為を個別にみれば、暴行罪と窃盗罪にしかならないけど、XとYに「相互利用補充関係」があれば、”X”はYの窃盗を介して強盗罪の実行行為を行い、”Y”もXの暴行を介して強盗罪の実行行為を行ったと評価することができるということなのね?
阪奈: そういうことだと思う。
神渡: ということは、どういう場合に複数人の行為を1つの実行行為として”結合”させることができるのか?
ということが問題となりそうね。
玄人: まさにその通りだ!
ここで、練馬事件判決が参考になるだろう。この判決は、共謀共同正犯についての判例だが参考になる。
何と言っている?
流相: はい。
共謀共同正犯が成立するには、2人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない。(最高裁昭和33年5月28日大法廷判決)
玄人: この判例を巡っては様々な理解があるわけだが、「相互利用補充関係説」からだと、
特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし
玄人:という部分は、”相互利用補充意思”に対応し、
よって犯罪を実行した事実
玄人:が、”相互利用補充の事実”ということになるだろう。
いずれにしろ、「相互利用補充関係説」は、複数人が1つの「実行行為」をしたかどうかを問うという「実行行為」を中心とした考え方といえる。
では、「法益侵害の共同惹起」説はどういう考えだ?
---次回へ続く---