阪奈:たしかに、「法益関係的錯誤説」も、準強姦罪の保護法益を「性的自己決定の自由」と捉えます。
しかし、そこから、ただちに上の例で準強姦罪を成立させることにはなりません。
「性的自己決定」というものには、
(1)性行為に及ぶかどうか、
(2)性交渉の相手を誰にするか、
この2つが含まれることに異論はないと思います。
しかし、どのような職業・収入の者を性交渉の相手とするかについてまでは「性的自己決定」には含まれないと解すべきです。
そうしますと、玄人先生が挙げました事例ではXに準強姦罪は成立しないという結論になります。
玄人:そういう見解も成り立ちますね。実際にそう主張する学者もいますし。
結局対立点は何?
神渡:「性的自己決定」に性交渉相手の属性(職業や収入)まで含むか否かという点にあると思います。
玄人:そうなるね。
この理解の違いは、背後にはどの点まで「自己決定」を重視するのかという点にある。最終的には、処罰の謙抑性とも関係する。
処罰を謙抑すべきと考えれば「性的自己決定」の内容として、上記(1)(2)に限定する見解となるだろう。
「自己決定」と「処罰の謙抑性」を考慮した上で、各罪の保護法益をどう捉えるかで結論が変わってくることになる。
ちなみに、私は、上の例で準強姦罪を成立させない見解を支持する。
玄人 :次に、「母親に、息子を失明から救うためには角膜が必要あると偽って角膜を提供させたうえで、移植することなく廃棄した」という事例(以下、角膜摘出事件とする)については、どう考える?
流相:「法益関係的錯誤説」からは、角膜摘出について母親は正確に認識している以上、母親への傷害罪は成立しないということになると思います。
神渡:私は、「法益関係的錯誤説」が妥当かと思うのですが、しかし、その結論には納得しかねます。
「条件関係的錯誤説」が妥当なのでしょうか?
阪奈:いや、流相君の理解は正確ではないと思います。「法益関係的錯誤説」からでも玄人先生が挙げた事例については、傷害罪を成立させることができると思います。
玄人:それはどういう理屈かね?
阪奈:(松原芳博先生の受け売りだけど)同意の任意性がないので、最終的に有効な同意がないからです。
流相:動機の錯誤があるので同意の任意性を欠くという理解ですか?
阪奈:いえ、違います。それだと、「条件関係的錯誤説」ということになります。
流相:「法益関係的錯誤説」では、角膜摘出についての認識がある以上、有効な同意があるという理解になるのではないのですか?
阪奈:そういう理解もあります。
しかし、放棄する法益の正確な認識に加えて、放棄意思の任意性を「法益関係的錯誤説」から問うことは矛盾しません。
結局、「法益関係的錯誤説」から、
(1)放棄する法益の正確な認識があり、
(2)放棄意思の任意性
が認められる場合に有効な同意があると考えることも可能です。
流相:この考えは、「条件関係的錯誤説」とどこがどう違うのですか?
・・・その5へ続く。