玄人:錯誤論を検討する前に、まず故意論で事案を解決することができないかを検討することが鉄則であることに気をつけること!
その上で、今日は、Aに乙殺害の未必の故意がないことを前提として議論を進めよう。
さて、方法の錯誤について、学説はどう対立しているかな?
流相:はい。法定的符合説と具体的符合説とが対立しています。
玄人:内容は?
流相:法定的符合説は、構成要件の範囲内で表象と事実との符合があれば足りるとする立場で、
具体的符合説は、構成要件的故意を認めるためには、行為者の表象したところと現実に発生したところとが、具体的に符合することを要する立場です。
玄人:それぞれの立場からすると、冒頭の事例はどう処理されるだろうか?
流相:法定的符合説からは、Aは甲という人を殺す認識をもっていました。人を殺す認識をもって乙という人を殺したのですから、「人を殺してはならない」という構成要件の範囲内でAの表象と事実の間に符合が認められます。よって、法定的符合説からは、Aに乙を被害者とする殺人罪が成立します。
これに対して、具体的符合説からは、Aは、甲を殺す認識しか有していません。しかし、実際には乙が死亡しています。行為者Aの表象(甲を殺す)と現実に発生した乙の死は具体的に符合していませんから、Aに乙を被害者とする殺人罪は成立しません。過失致死罪が成立するに過ぎないことになります。
玄人 :なるほど。
では、次に、突然だが、客体の錯誤について検討してみよう。
客体の錯誤の典型例は?
阪奈 :目の前の人(丙)を殺す意図をもってAがピストルを発射したところ、実際に目の前の人が死んだのですが、その人は、実は丙ではなく丁だった、というのが客体の錯誤の典型例です。
玄人:客体の錯誤では、上記の説からは、どう処理されるだろうか?
流相:法定的符合説からは、Aは人を殺そうと思って人を殺していますから、Aには、丁に対する殺人罪の故意が認められます。
具体的符合説からは、 Aは目の前の人が丙だと思ってピストルを発射しています。目の前の人が丁であるとの認識はありません。そうしますと、Aの認識(丙との認識)と現実に発生した事実(丁の死亡)とは具体的に一致していませんから、丁に対する殺人罪の故意はAには認められません。よって、具体的符合説からは、客体の錯誤に故意は認められないはずです。
阪奈:法定的符合説からの帰結に問題はありませんが、具体的符合説からの帰結には問題があると思います。流相君が言っているのは、具体的符合説への批判だと思います。具体的符合説も、客体の錯誤で故意を認める見解が一般的です。
流相:たしかに、実際には、具体的符合説の論者も客体の錯誤において故意を認めています。しかし、上記の具体的符合説を忠実に客体の錯誤の事例に適用すれば、先ほど私が言ったように、故意は認められないという帰結になるはずです。具体的符合説は、論理的に一貫していないと思います。
阪奈:その批判は間違っています。
流相:いや、具体的符合説への批判として有名ですよ。
阪奈:それは、分かりますが、その批判自体が具体的符合説を誤解したことに基づく批判ですので、間違っていると言っているのです。
流相:(そんなバカな)
→その3へ続く