上場: 公訴権濫用論に触れた昭和55年最決はどういった事案でしたか?
阪奈: 公害のチッソ事件にからんだ傷害事件です。
水俣病患者の被告人が加害企業のチッソ株式会社との補償交渉の際に、被告人がチッソ従業員を手拳で殴打したりして、従業員に加療約1週間から2週間を要する傷害を負わせたとして起訴された事件です。
この事案について、最高裁は、先ほどのように、公訴権の濫用が認められるのは、
公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる
阪奈:と判示しました。
流相: そうなんだよね。
昭和55年最決の事案は、傷害罪での起訴でした。
対して、今僕たちが検討している事案は、住居侵入罪での起訴です。
住居侵入罪の法定刑は、
三年以下の懲役又は十万円以下の罰金(刑法130条)
流相:ですが、
傷害罪の法定刑は、
十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金(刑法204条)
流相:です。
傷害罪の方が住居侵入罪よりも法定刑がはるかに重いものとなっています。
重い傷害罪の場合でも公訴権濫用論が適用されなかったのですから、軽い住居侵入罪には公訴権濫用論はなおさら適用されないのではないでしょうか?
阪奈: いえ、だからね、そう言ってしまうと依頼人の利益にならないでしょ?
弁護人としては、昭和55年最決と事案が違うことを一生懸命言わないといけないの!
流相: あっ!そうだった。
いつのまにか、検察官の立場になってた。
神渡: たしかに、法定刑としては、流相さんの言うとおりなのですが、政治ビラ配布行為が住居侵入罪に問われたこの事案は、昭和55年最決とは決定的に違う部分があるように思います。
上場: ほぅ、具体的には?
神渡: この事案では、検察官は、表現の自由の行使であるビラ配布行為を住居侵入罪に問おうとしています。
しかも、このビラは政治的ビラでした。政治的表現の自由の行使としてのビラ配布行為を住居侵入罪に問おうとしているのです。
判例は、表現の中でも特に政治的言論は厚く保護すべきだと考えていますから、もっとも厚く保障されるべき政治的言論の行使について検察官は住居侵入罪を成立させようとしているのです。
流相: なるほどね。そういうことかぁ・・・。
阪奈: そうね。
もっとも保障されるべき政治的言論の行使について安易に犯罪、ここでは住居侵入罪を成立させていいのか?というのがこの事案に昭和55年最決の射程が及ぶかを検討する際のポイントになると思うわ。
上場: そういうことですね。
では、神渡さんがおっしゃったことを公訴権濫用論にどう反映させたら良いでしょうか?
---次回へ続く---