神渡: 錯誤論って難しいわね。
阪奈: そうなのよ。様々な知識が必要になるから。
神渡: 玄人先生の講義、今日は抽象的事実の錯誤論よね?
疑問を解決しなくちゃ。
阪奈: 神渡さんは、どっかのヤツとは違って視点が鋭いから凄いと思うわ。
神渡: それはないわよ、本当にわからないだけなんだから。
阪奈: 疑問を持つということ自体、凄いの!
流相とは月とスッポンね。
流相: 僕のこと呼んだ?
阪奈: ・・・
呼んではない!盗聴してるの??犯罪よ!
流相: 誰が阪奈を盗聴するものか!
僕の席、阪奈の前なんだから聞こえるの当然だろ?
文句は僕のいないところで言ってくれよ!
阪奈: 言われなくてもそうしてます!!
神渡: まぁまぁ、皆で仲良く勉強しましょうよ。
流相: 僕はそうしようと思っているんだけどねぇ。
---ガチャ---
玄人: さて、ベルが鳴ったかどうかわからないけど、今日の講義を始める。
今日は「抽象的事実の錯誤」を検討しよう。
「抽象的事実の錯誤」とは何だ?
阪奈: 行為者の認識と実際に生じた犯罪事実との食い違い(錯誤)が異なる犯罪類型間で生じた事実の錯誤、のことを言います。
玄人: 定義としてパーフェクトだ!
具体例は?
流相: えっと、たとえば、
Xが被害者Yの同意を得たと誤信して、Yをナイフで刺し、Yを殺した
場合です。
玄人: その事例で検討しよう。
どうなる?
流相: えー、たしか、同意殺人罪(202条)が成立した・・・はず。
玄人: 何だ?その回答は!
全くなっていない!法律は暗記科目ではないんだが。
ちゃんと、刑法の分析ステップを踏んで検討する癖をそろそろつけないと・・・(ハァ)
神渡: 客観的には、被害者Yの承諾はないので、殺人罪(199条)の成否をまずは検討することになると思います。
玄人: そうだな。
で、どうなる?
神渡: Yは自分の死について実際には承諾していないので、殺人罪の構成要件的結果が発生しています。
XがYをナイフで刺す行為は、Yの意思に反してYを殺害するに至る具体的危険性のある行為ですから、殺人罪の実行行為もあり、その実行行為の危険がY死亡結果へ現実化していますから、Xの当該行為とY死亡結果との間に因果関係もあります。
よって、殺人罪の構成要件に該当します。
また、本事例では違法性阻却事由は見当たりません。
問題は、Xに殺人罪の故意(38条1項本文)があるかどうかです。
玄人: 神渡さんは、故意を責任に体系的に位置づける考え方を採っているわけだな。
神渡: はい。
玄人: Xに殺人罪の故意はあるのだろうか?
神渡: ありません。
XはYの承諾を得ていると誤信しているため、Yの意思に反してYの生命を奪うという認識がないからです。
玄人: 要するに、殺人罪の故意が成立するためにはどういう認識が必要ということ?
神渡: 要するに、殺人罪の故意が成立するためには、被害者の意思に反して被害者の生命を奪うという認識が必要ということです。
玄人: そうだな。
そうすると、Xはどうなる?
神渡: 殺人の故意がないXに殺人罪は成立しないことになります。
玄人: Xには何らの犯罪も成立しない?
流相: いえいえ、Xには同意殺人罪(202条)が成立します。
玄人: どうして?
流相: えっ?「どうして?」ですか?
その結論を否定する見解はないと思うのですが?
玄人: たしかに、流相が言うように、同意殺人罪の成立を否定する見解はないだろう。
だが、そうだからといって、その結論の成立を肯定する理屈を検討する必要がないということにはならない。
もしかすると、その結論の成立を肯定する理屈は成り立たないかもしれないだろ?
流相: まさか、そんなことはないんじゃ・・・
---次回へ続く---