玄人: 具体例は、
Xは、犬猿の仲のYがズボンの後ろポケットに手を入れてスマートフォンを取り出したのを見て、ナイフを取り出したと誤信し、自分の身体を守るために、傷害の故意(未必の故意含む)をもってその腕を叩き落として腕に傷を負わせた場合
だ。
この具体例で、行為者Xの主観面を考えてみよう。
その前に、まず、客観面はどうなる?
流相: XがYの腕を叩き落とす行為は、傷害罪の構成要件に該当します。
腕を叩き落とすというのは、暴行行為に該当し、腕の負傷という傷害結果が発生し、暴行行為と傷害結果との間に因果関係もあります。
ですが、Yはズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出したに過ぎないので、当然に急迫不正の侵害はありませんからXの行為に正当防衛は成立しません。
よって、Xは傷害罪で有罪です!
玄人: おーと、行き過ぎ。
阪奈: プププ(笑)
流相: (小声で)笑うな!
玄人: 客観的にはXに正当防衛は成立しないのに(ほぼ)争いはない。
だが、この具体例で問題なのは、客観面ではなく、主観面だ。
Xは、主観的にはどういう認識だ?
神渡: Xは、Yがナイフを取り出したと思って、自分の身を守るためにYの腕を叩き落していますから、正当防衛の認識かと思います。
玄人: もし、Yが客観的にも後ろポケットからナイフを取り出していたとしたらXの行為はどうだった?
神渡: 正当防衛だったと思います。
玄人: そうだな。
思考順序としては、もしXの認識通りの事実が生じていたと仮定したら正当防衛が成立するか、つまり仮定事実が正当防衛の要件を充たすかを検討すべきだが、この具体例では問題なく正当防衛の要件を充たすから、その検討は割愛する。
ということは、問題は、Xは、客観的には正当防衛が成立しないにもかかわらず、主観的には正当防衛が成立するという認識を有していたということだ。
これが、正当防衛を誤信した誤想防衛の議論のスタートだ。
流相: たしかにそうですね。
一つ一つ分析すると分かりやすいです。
玄人: 常にそういう分析を心掛けるように、流相!
流相: はい!
玄人: では、主観的に正当防衛が成立すると誤信していたXのその認識によりXの故意が阻却されるのかどうか?
これが誤想防衛の問題点の本質だ。
阪奈: 厳格責任説では、誤想防衛の場合、故意は阻却しません。
対して、制限責任説では、誤想防衛の場合、違法性を基礎付ける事実の認識を欠くので、故意が阻却されると考えます。後は、過失犯の成否の問題となります。
流相: なんで…?
阪奈: だから、厳格責任説では、故意は、構成要件該当事実の認識に尽きると考えるの。
対して、制限責任説では、故意は、構成要件該当事実の認識に加えて、違法性を基礎付ける事実の認識も要求する見解というわけ。
玄人: そういうこと!
では、なぜ、そういう見解の対立が生じているんだ?
体系的な理由を理解する必要がある。
理解のコツは、「故意」にある。
誤想防衛の場合、行為者に故意犯が成立するのか否か、つまり故意の成否が問題となるからな。
神渡: ということは、故意の体系的地位が結論の違いに結び付くのではないでしょうか?
玄人: いいね。
故意の問題は、各論者が採っている故意の体系的地位に照らして解決される。
これが理屈に基づく解決だからだ。
とすると、故意の体系的地位を巡る争いを検討しないといけない。
流相: なるほどです。
---次回へ続く---