玄人
最高裁は【要旨1】では何の議論をしている?
神渡
殺人罪の「実行の着手」の議論をしています。
玄人
そうだな。
では、【要旨2】では何の議論をしている?
流相
はいはいはい、そこは僕が。
「殺人の故意」の議論をしています。
玄人
そうだ。
【要旨1】では、「実行の着手」の議論
【要旨2】では、「殺人の故意」の議論
をしていることになる。
ところで、「実行の着手」は何のための議論だ?
流相
実行行為があるかどうかの議論だと思いますけど?
玄人
まぁ、そうなんだが、「実行の着手」を論じるのはどういう場面だ?
神渡
未遂犯(43条)の成否を検討する場面です。
玄人
そうだ。
未遂犯とは?
流相
犯罪の実行に着手したけど、法益侵害結果が発生しなかった場合です。
玄人
そうだな。
ということは、「実行の着手」を議論するのはどういう場合だ?
流相
法益侵害が発生しなかった場合ですよね。
玄人
そうなんだよ。
そうすると、この判例(最決平成16年3月22日)は奇妙とは思わないか?
流相
どこがでしょう?
阪奈
この事案では、被害者Vは死亡していますから、死亡結果が発生しています。
判例も殺人既遂の成立を認めています。
既遂犯を認めているのに、未遂犯の成否で検討する「実行に着手」(43条本文)の議論をしているように見えるというのが奇妙ということですよね?
玄人
そう。
神渡
この判例が矛盾していないという前提で検討すると、この判例中でいわれている「実行の着手」というのは、未遂犯の成否で検討する「実行に着手」(43条本文)ではないということですよね。
阪奈
そうなるわよね。
流相
ということはどういう意味の「実行の着手」?
阪奈
既遂犯の構成要件は、
1 結果
2 実行行為
3 結果と実行行為間の因果関係
となるわね。
ということは、判例が言及している「実行の着手」とは、「実行行為」のことを意味していると思うわよ。
玄人
そういうことになる、ということにしておこう。
この判例では、
「実行の着手」=「実行行為」
という前提で進めていこう。
流相
そうすると、【要旨1】で検討されている内容は、第1行為が「実行行為」に該当するか?ということになりますか?
神渡
それは違うのではないでしょうか?
判例は認定された事実関係を述べる部分の(5)で、
客観的に見れば、第1行為は、人を死に至らしめる危険性の相当高い行為であった。
と書いていますから。
流相
あ~、そうだねぇ。
第1行為自体で実行行為になるといってるよね。
じゃなんで、【要旨1】で実行行為の検討をしたんだろう?
玄人
そこが理解することができるかがポイントだ。
既遂犯が成立するためには、他に何が必要だ?
神渡
故意です。
玄人
そうだな。
故意とは?
流相
構成要件該当事実の認識・予見です。
阪奈
ということは、第1行為時にBらに故意があるといえるためには、第1行為時にBらがV死亡結果を予見している必要があるわね。
神渡
ところが、この事案では、Bらの計画上、第2行為によってVを殺害する計画でしたから第1行為時にVが死亡するとは思ってもいないわけです。
判例でも、認定された事実関係を述べる(5)で、Bらは、
第1行為時自体によってVが死亡する可能性があるとの認識を有していなかった。
とあります。
流相
ということは、第1行為自体は実行行為であったとしても、Bらに故意がないのでBらに殺人罪のみならず、殺人未遂罪も成立しないわけだ。
第2行為からV死亡結果が生じた場合は、問題なくBらに殺人罪が成立するよね?
神渡
計画通りで故意が認められますからね。
流相
第1行為と第2行為のどの行為からV死亡結果が生じたのかが不明なのがネックだな。判例も(4)で、
Vの死因は、…いずれであるかは特定できない。
と書いてある。
神渡
だから、第1行為からV死亡結果が発生した場合にも殺人罪が認められないとBらを殺人罪では処罰することができないですね。
しかし、第1行為時にはBらに故意はないですから第1行為からV死亡結果が発生したと仮定した場合、Bらを殺人罪で処罰することができない。にもかかわらず、この判例は、Bらに殺人罪が成立すると判断しています。
玄人
第2行為からV死亡結果が発生した場合は、問題なくBらを殺人罪で処罰することが可能。
第1行為からV死亡結果が発生した場合は、Bらを殺人罪でも殺人未遂罪でも処罰することができない。
これはそもそも第1行為と第2行為の関係をどう考えたからだろうか?
阪奈
第1行為と第2行為を別個独立の行為と捉えたからです。
玄人
だったらどう考えたらBらを殺人罪で処罰することが可能になる?
神渡
第1行為時には故意がない。
第2行為時には故意がありますが、第2行為とV死亡結果間の因果関係が不明…
どちらも中途半端です。
ちょっとまとめますと、
第1行為からV死亡結果が発生した場合に、第1行為時に故意があるといえればBらを殺人罪で処罰することが可能で、
第2行為からV死亡結果が発生した場合は、問題なくBらを殺人罪で処罰することが可能です。
ということは、第1行為からV死亡結果が発生した場合に、どうすれば第1行為時に故意があるといえるのか?が問題になりますね。
玄人
そのとおり。
神渡
第2行為時の故意を第1行為時に持ってこれないでしょうか?
玄人
その発想だよ!
どうすれば「第2行為時の故意を第1行為時に持ってこれ」るだろうか?
ポイントは、「(実行)行為と責任の同時存在の原則」だ。
阪奈
あ!
第1行為と第2行為を一体とみて、第2行為が実質的には第1行為から始まっていると考えれば良いのだと思います。
神渡
なるほど。
つまり、第2行為の開始を第1行為時にまで前倒しするということですね。
玄人
そういうことになる。
だから、最高裁は、【要旨1】で、
第1行為を開始した時点で…殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。
としているんだ。
流相
そっか、このように第2行為の開始を第1行為時にまで前倒しして、両行為を一体として捉えれば、第2行為時の故意を、第2行為と一体となっている第1行為時に持ってこれますね。なるほど!
玄人
最高裁は、第1行為からV死亡結果が発生した場合にもBらに殺人罪を成立させるための法律構成を考えた。
その法律構成が、
①第2行為の開始を第1行為時にまで前倒しすることで、
②第1行為時に故意を認める
という構成だ。
それで、
①については【要旨1】で検討し、
②については【要旨2】で検討した
わけだ。
流相
そっかぁ、そういうことなんだ!
玄人
ここまででなぜ最高裁が「実行の着手」の議論をしたのかという最高裁の思考をなぞることができた。
やっとスタートすることができた、という感じだ。
流相
え~、まだスタートしたてですか…( ノД`)
玄人
泣き言を言ってどうする。
ちゃんと付いて来いよ!
流相
はい!
玄人
で、次は、【要旨1】で、最高裁がどういう論理で、「第1行為を開始した時点で…殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。」と判断したのか、だ。
神渡
たしか、この判例で言っている「実行の着手」というのは、未遂犯の成否で検討する「実行の着手」(43条本文)ではなく、「実行行為」という意味での「実行の着手」でした。
ということは、【要旨1】での議論は、「実行行為」該当性の判断基準をどう考えるか?ということになりますよね?
玄人
まさにそのとおり!
学説は入り乱れているが、ここでは最高裁の判断基準を内在的に析出していこう。
学説の側から判例を分析しようとしてはだめだぞ!
---次話へ続く---