強姦するためにダンプカーに被害女性を乗せた事案とか、
お金を盗むために電気器具店に侵入して、レジのあるたばこ売場の方に行きかけた事案とか…
被告人は昭和三八年一一月二七日午前零時四〇分頃電気器具商たる本件被害者方店舗内において、所携の懐中電燈により真暗な店内を照らしたところ、電気器具類が積んであることが判つたが、なるべく金を盗りたいので自己の左側に認めた煙草売場の方に行きかけた際、本件被害者らが帰宅した事実が認められるというのであるから、原判決が被告人に窃盗の着手行為があつたものと認め、刑法二三八条の「窃盗」犯人にあたるものと判断したのは相当である。
ただ、ここでは、単に事実と結論しか最高裁は述べていません。
事実と結論をつなぐ法律構成に一切言及していません…
じゃ、ダンプカーの事案はどうだろう?
事実関係を述べた後で、
…かかる事実関係のもとにおいては、被告人が同女をダンプカーの運転席に引きずり込もうとした段階においてすでに強姦に至る客観的な危険性が明らかに認められるから、その時点において強姦行為の着手があつたと解するのが相当であり、…
だと判示しています。
…強姦に至る客観的な危険性が明らかに認められる…
と表現していますね。
客観的な危険性
についてのみ言及しているわけで。
距離が2kmしか離れていないクロロホルム事件については最高裁は「密接な行為」という言葉を用いているのに、6kmも離れているダンプカー事案では最高裁は「客観的な危険性」についてのみ言及し、「密接な行為」には一切言及していません。
ということは、最高裁は、最終的には「客観的な危険性」をもって「実行の着手」を考えているのではないでしょうか?
そうかもしれない。
だが、判例解説では、次のような記述がある。
なお、前掲最高裁昭和45年7月28日決定では、ダンプカーに被害者を引きずり込んだ地点と姦淫行為に及んだ地点は約5.8km離れているが、この程度の距離であっても場所的近接性を肯定することができよう。
(平木正洋「最高裁判所判例解説 刑事篇 平成十六年度」(法曹会、平成19年)173頁)
読み込み過ぎの気がします。
あるわけだが、判文には書いていないのにそこまで読み込んでいいのかは確かに神渡さんの言う通りだろう。
ここでまず検討すべきは、ダンプカーの事案が「密接性」を議論していないのは、先例(昭和9年10月19日)の「密接ナル行為」の議論の射程が及ばない事案だったからではないか?ということだ。
大審院昭和9年10月19日の判決は次のように言っている。
窃盗ノ目的ヲ以テ家宅二侵入シ、他人ノ財物二対スル事実上ノ支配ヲ犯ス二付キ密接ナル行為ヲ為シタルトキハ、窃盗罪二着手シタルモノト謂ウヲ得ベシ。故二窃盗犯人ガ家宅二侵入シテ金品物色ノ為箪笥二近寄リタルガ如キハ、右事実上ノ支配ヲ犯ス二付キ密接ナル行為ヲ為シタルモノ二シテ、即チ窃盗罪ノ着手アリタルモノト云ウヲ得ベキ…
それはそうだよ。
それを言ったら世の中に全く同じ事件はないんだから判例理論なんて存在しないことになる…
私が言っているのはそういうことではない。ある程度抽象化したうえで同じなのか違うのかと聞いているんだが?
じゃあ、昭和9年判例はどの行為が問題となっている?
では、ダンプカーの判例ではどの行為が問題となっている?
昭和9年判例と昭和45年判例とで問題となっている行為に、何か重要な違いはないか?
昭和9年で裁判所は「密接ナル行為」と言っているが、何に密接な行為だ?
つまり、どういう具体的な行為が窃取行為なんだ?
昭和9年判例は、窃盗罪の実行行為を、
他人ノ財物二対スル事実上ノ支配ヲ犯ス
行為と言っている。
だが、その時点で実行の着手となるのでは着手時期が遅すぎるとの批判がある。
そこで、登場したのが、昭和9年判例の「密接ナル行為」だ(密接行為説)。
金品物色の為に箪笥に近づく行為は窃盗罪の実行行為に該当するか?
そこで、昭和9年判例は、実行行為に密接な行為であれば窃盗の実行の着手があるとして処罰時期を前倒ししたわけだ。
本来の処罰時期は実行行為の開始時点だが、実行行為に密接な行為の時点まで前倒しして処罰時期を早めた。処罰時期を前倒しするための議論として密接行為説は登場したんだ。
では、昭和45年判例はどうだ?
昭和9年と同じだろうか?
しかし、まだ、私の言いたいことが伝わっていないな。
じゃ、旧強姦罪(旧177条)の実行行為はなんだ?
では、その実行行為の開始時点はどの行為だ?
被害女性を運転席に引きずり込む際の暴行行為が強姦罪の手段としての「暴行」行為に該当するかどうかです!
ということは、昭和9年判例と昭和45年とは実は問題となっている場面が違っているのがわかるな。
昭和9年判例では、窃取行為(金品に手を付ける行為)よりも前段階での(窃取行為に)密接な行為に金品物色行為が該当するかが問題となった。
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昭和45年判例では、運転席に引きずり込む際の暴行行為が旧強姦罪の実行行為の開始としての「暴行」に該当するかが問題となった。
つまり、
実行行為に密接な行為に該当するのか?(昭和9年判例)
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実行行為の開始行為(実行行為自体)に該当するのか?(昭和45年判例)
という違いがある-もっとも、ダンプカーに引きずり込む際の暴行行為それ自体は(旧)強姦罪の手段としての「暴行」に該当しないという理解もあるし、そういう理解が多数説だとは思うが、それは今は置いておこう。こういう理解も可能だろうということで先に進もう。-。
昭和45年判例では実行行為該当性自体が問題となったんですね。決して実行行為に密接な行為に該当するかが問題となったのではない。
だから、昭和45年判例では「密接な行為」の議論がなされていない。そもそも「密接な行為」かどうかが問題となってはいないのですから「密接な行為」かどうかを議論する必要が初めからなかったというわけですね。
そう考えるべきだろうと私は思う。
昭和9年判例の射程は昭和45年判例には及ばないという理解だ。
---次話へ続く---