阪奈: 今の社会の価値観が多様化している以上、私的な価値観を私的な領域に置いておくと、結局大抵のことは私的領域のこととなる…。
またも珍しく鋭いことを流相が言っている…。
流相: だからその一言は不要だから。
払猿: そこは、長谷部先生もおっしゃっているように、議論対象が公なのか私なのかという対象の問題ではなく、まさに「リーズニング」の問題になるのです。
公と私は最終的には、事柄ではなくて、リーズニング、つまり理由づけで分れる(長谷部恭男=杉田敦『これが憲法だ!』19頁(朝日新書、2006年))
ということです。
流相: 分かりにくいです。
「事柄」による区別ではなく、「理由づけ」による「公私」…。
私的事柄と考えられそうなことに関しても「理由づけ」が公的なものであれば公的な場で議論をすることができるということですよね?
たとえば、どういった場合が考えられますか?
阪奈: たとえば、同性婚合法化法案を巡って公的に議論をしている、という状況を想定したらいいんじゃないかしら?
合法化賛成派と反対派が対立してるわけ。
そこでどういう「理由づけ」を用いるかが問題となるわよね。
もし、反対派が本音としては同性婚なんて感情的に認めることは無理だと思っていたとしても、その感情をそのまま公的な議論の場に持ち出すことはできないわよね。
神渡: それはもちろんそうなります。
そんことをしたら喧嘩になりますから。
流相: そのとおりだね。
よく聞くのは、自然の摂理に反する、とかの議論だな。
阪奈: 「自然の摂理に反する」という「理由づけ」が公的な理由づけかどうかがまさに問題になるわね。
神渡: ならないような気がする…。
人間界以外の自然界では、一定の割合で同性愛の個体が生まれてくるという研究結果もあるようだから、そうであれば、同性愛の個体が生まれることも「自然の摂理」になるでしょうし。
そうなれば、人間界で同性愛者が生まれるのも「自然の摂理」に従ったことだということになるでしょうね。
阪奈: そうでしょうね。
ということは、先の「自然の摂理に反する」という「理由づけ」は事実的根拠の裏付けのない理由づけだということになって、支持することができないことになるわね。その「理由づけ」は結局、私的な「理由づけ」ということになるから公的な議論の場で持ち出すことは適切ではない、ということになる。
流相: そしたら、反対派は、同性婚を認めたら同性婚をする人が増えて少子化がさらに進み社会を維持することはできない、という「理由づけ」をするかもしれない。
神渡: それは検討する必要があるでしょうね。
反対派の主張は、
同性婚合法化⇒同性婚者増加⇒少子化⇒社会の維持不可能
という因果関係を想定しているわけね。
阪奈: そう。
そのそれぞれの因果関係が成り立つのかどうか?を議論することになるでしょうね。
流相: なるほどねぇ。
なんか科学的な議論っぽいね。証拠に基づく議論ということか。
阪奈: 公的な議論というのはそういうことになるでしょうね。
同性婚は嫌いだから、とか好きだから、という「理由づけ」は、生の価値観であって、生の価値観は議論しても交わらないもの。
生の価値観というのは、まさに長谷部先生がおっしゃっている「比較不能な価値」だから。
反証可能な事実を主張すること、が「公私二分論」の最大のポイントじゃないかしら?
そして、「比較不能な価値」をお互いに侵すことなく「多様な価値観の公平な共存」を目指すための手段として憲法が発明されたわけで。
払猿: その点に関して、私から付け加えることは特にありません。
今回は、“政教分離”をとおして、憲法の存在理由にまで遡ることができました。かなり深い議論になったと思います。試験レベルは超えていますが、ある論点の背後にはそういう深い議論があるということを理解することは法律を学ぶ上で大切だと思います。
ということで、今回の憲法の講義はこれで終わります。
神渡: ありがとうございました。
阪奈: ありがとうございます。
流相: ありがとうございます。
---講義終了後---
流相: 神渡さん、お疲れ!
あ、阪奈もお疲れ。
阪奈: ・・・(何故私は呼び捨て?)
流相: 刑法の支持学説からも分るように、結果無価値論者の阪奈と行為無価値論者の僕は個人的な価値観は全く合わないけど、お互いの価値観には触れずに、神渡さんを中心に、「多様な価値観の公平な共存」を実現していこう!
神渡: あら!上手!
流相: えっ?そう?
いやー、神渡さんに褒められると嬉しいなぁ。
阪奈: 流相の言うことに基本的に賛成だけど、できる限り一緒にはいたくない、どうしても喧嘩してしまうから。
流相: 大丈夫大丈夫、阪奈と僕2人だけで会うことはないんだから。神渡さんが必ず一緒だからさ。
阪奈: だからこそ喧嘩するんじゃないのよ!
神渡: まぁまぁ、阪奈さん。
これからもよろしくね、流相君。
流相: もちろんです!
じゃ、また明日!
---終---
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